遺産の一部分割
遺産分割
相続の発生後、当面の用立てのために分けやすい財産のみを先に遺産分割したいというケースもあるでしょう。
また、遺産分割協議の成立後に新たな遺産が発見され、結果として一部分割になってしまっていたという例もよくあります。
いずれの場合も、相続人全員で再度合意を行うか、あるいは裁判所に請求することにより、遺産の一部分割を行うことが可能です。
ただし、それぞれに充たすべき要件や注意点がありますので、以下解説していきます。
1 協議による一部分割
相続人全員の合意があれば、一部の財産のみに関する遺産分割を行うことができます。
(1)一部分割の例
「相続開始から10ヶ月以内の相続税の納付期限に間に合うように、まずは銀行預金のみの遺産分割を行いたい」
「遺産の全体像を把握しきれず、範囲が定まらないため、そもそも全部分割とすることが難しい」
「一部の相続人が特定の財産に固執しているため、ひとまずその者に当該財産を取得させ、残りの遺産をどうするかはゆっくり話し合いたい」
一部分割を選択する理由は様々ありえますが、上記の例はいずれも、遺産分割協議をスムーズに進めていくために一部分割を検討しているという点が共通しています。
このように、一部分割には一定の合理性が認められ、実際に行われるケースも多く見られましたが、旧民法にはこれを正面から認める条文は存在していませんでした。
(2)民法改正による明記
適正公平な遺産分割のためには、できるだけ幅広い財産を分割対象とするのが望ましいという考えから、従来、一部分割はあくまで例外と位置付けられていました。
もっとも、上記の通り一部分割を行うことが必要かつ合理的というケースは多く存在していました。
また、遺言がない場合、本来であれば、遺産分割をどのように行うかは相続人らに完全に委ねられるべきといえます。
そこで、一部分割をより利用しやすいものとするため、平成30年の相続法改正により条文上明記されることとなりました。
以前は「遺産の分割をすることができる」となっていた文言が、「遺産の全部又は一部の分割をすることができる」と改められたのです(民法907条1項)。
この一部分割は、共同相続人全員の遺産分割協議によりいつでも行うことができます(遺言によって禁止されている場合を除く)。
(3)残余財産の扱い
遺産分割協議による一部分割において問題となるのは、対象外となった残余財産の扱いです。
とりあえず一部の遺産に関してのみ合意するということは、単に残余財産に関する争いを先送りするに過ぎないという面もありうるためです。
そこで、一部分割を行う際に、残余財産の扱いについてもルールを決めておくべきでしょう。
例として以下のような考え方があります。
いずれを選択するかについても前もって協議し、その結論を一部分割の協議書に記載しておくことが重要です。
□ 一部分割は残余財産の遺産分割に影響を与えず、残余財産は改めて遺産分割協議を行う
□ 一部分割が残余財産の遺産分割に影響を及ぼす
・ 最終的な取得額や取得分
・ 財産評価の基準時
□ 特定の相続人が残余財産を取得する予定である
◎そもそもこの遺産分割協議が一部分割である、という旨も忘れずに記載しましょう。
2 家庭裁判所の手続における一部分割
(1)一部分割の調停及び審判
一部分割についての遺産分割協議がまとまらない場合には、遺産の一部のみを対象とする遺産分割調停を申し立てることができるようになりました(907条2項)。
ただし、審判の場合、「他の共同相続人の利益を害するおそれがある」ときは一部分割は認められません(同項但書)。
では、どのような場合がこれに当たるのかを次に見ていきましょう。
(2)「他の共同相続人の利益を害するおそれ」があるとき(907条2項但書)
「他の共同相続人の利益を害するおそれ」とは、遺産全体の適正な分配が実現できないおそれがある場合を指します。
この“適正な分配”とは、具体的相続分だけでなく、906条の基準に照らした適正公平な分割を意味します。
906条:遺産の分割は、遺産に属する物又は権利の種類及び性質、各相続人の年齢、職業、心身の状態及び生活の状況その他一切の事情を考慮してこれをする
具体的には、各相続人の特別受益・寄与分を含めた相続分を確認し、偏りがある場合の調整方法(換価等の分割方法や、代償金の支払能力)の有無や可能性も検討した上で、最終的には適正な分割を達成できるという見通しがある場合に、一部分割が許可されることになります。
具体例で考えてみましょう。
特定の相続人に特別受益があり、一部分割を認めるとその具体的相続分を超える遺産を取得することになるという可能性がある場合は、そのままでは一部分割は認められないでしょう。
もっとも、このような場合でも、将来の残余分割において当該相続人が他の相続人に対し代償金を支払うことが確実視されるという事情があるような場合は、一部分割請求が認められる可能性もあると考えられます。
しかし、このような事情もなく、単に他の共同相続人の利益を害するおそれがあるにとどまるという場合,家庭裁判所は後見的役割を果たすべく一部分割請求を許可しないということになります。
(3)事例の蓄積と検討が必要
上記のような一部分割の要件や、他の手続との競合については、裁判所による運用の積み重ねが待たれるところです。
「他の共同相続人の利益を害するおそれ」という要件以外に規定もなく、裁判所による運用がどうなるかについては、現時点では不透明な部分もあります。
例えば、適正公平な分割が見通せることを理由に一部分割を認める審判がなされたものの、その後事情が変化し結果的に不公平となったというケースではどのように対処するのでしょうか。
とりわけ、家庭裁判所での調停・審判とは全く別の手続である民事訴訟との関係では大きな問題となるでしょう(民事訴訟において、残余財産の遺産帰属性が否定された場合等)。
この点につき、過去の判例では、民事訴訟の判決と家庭裁判所の審判が抵触する場合には審判がその限りにおいて効力を失うこととされています(最高裁昭和41年3月2日決定)。
しかし、それでは一部分割に関する当事者の期待を大きく損ねますし、また、一部分割請求を明文化した現907条2項の意義が薄れることとなりかねません。
このように、家庭裁判所への一部分割請求を検討する場合は、弁護士に相談しながら慎重に進めることをお勧めします。
3 成立した遺産分割協議が結果的に一部分割となっていた場合(遺産の脱漏)
遺産分割協議の成立後に新たな遺産の存在が判明した場合、結果的には一部分割が先行していた形になります。
(1)先行した遺産分割協議の効力
判明していなかった遺産を予め把握していればそのような内容の遺産分割をすることはなかった、というほどの重要な財産の脱漏でない限り、先行した遺産分割が直ちに効力を失うことにはなりません。
成立していた遺産分割協議書の文言にもよりますが、新たな遺産のみに関する遺産分割協議を、相続人全員で改めて行うことで足ります。
(2)新たに見つかった遺産についても一部分割請求が可能
一部分割請求が条文上明記されたことにより、遺産分割後に新たな遺産が発見された場合にも、家庭裁判所の審判を請求できるようになりました。
すなわち、新たな遺産についてまずは相続人全員でその分け方を協議し、まとまらない場合はその分割を家庭裁判所に請求するという形で解決を目指すことになります。
この場合は、先行した遺産分割協議の内容も考慮に入れた上で、「他の共同相続人の利益を害するおそれ」があるかどうかが焦点となります。