相続させる旨の遺言と遺留分
遺言のすすめ遺留分侵害額請求
遺言書に『相続させる』と記載することがよくあります。
このような遺言を「相続させる旨の遺言」と言いますが、理解不十分のまま記載した結果、相続手続きが滞ったり遺留分侵害額請求の対象となったりします。
本記事では相続させる旨の遺言についてその内容と作成時の注意事項、及び遺留分との関係についても解説していきます。
1 相続させる旨の遺言の相手
相続させる旨の遺言は「相続」させることを目的としている以上、その相手は法定相続人に限られます。
もし相続人以外の第三者に遺産を取得させたいのであれば「遺贈する」という表現が正解です。
誤って第三者に「相続させる」と記載した場合、とくに不動産については移転登記手続きが極めて難航することになるため注意が必要です。
遺贈の相手に制限はなく相続人に対しては遺贈することも可能です。
どちらを選ぶかはどのような効果を求めるのかによります。
2 相続させる旨の遺言の種類
相続させる旨の遺言には次の3種類があります。
- 特定の財産を対象とする場合(特定財産承継遺言)
- 遺言者の財産全部を対象とする場合(全部相続させる遺言)
- 遺言者の財産の一定割合とする場合(割合的相続させる遺言)
(1)特定の財産を対象とする場合(特定財産承継遺言)
①法的性質
たとえば「〇にある不動産は甲に、△銀行預金は乙に相続させる」のように、特定の財産を特定の相続人に相続させることが記載された遺言です。
相続させる旨の遺言と言えば、通常このタイプの遺言を指していましたが、民法改正により「特定財産承継遺言」(民法1014条2項)と呼称されることになりました。
特定財産承継遺言は原則として908条1項にいう遺産分割方法の指定と理解されています。
つまり遺産分割の対象とはならず、何らの行為を要せずして被相続人の死亡時に直ちに特定の遺産が特定の相続人に相続により承継されるのです(最二小判平成3年4月19日)。
このように相続開始と同時に指定された相手に所有権が移るという点は遺贈(990条)と同じですが、以下の事項について差が生じます。
②遺贈との違い
・所有権移転登記手続
改正法では「相続による権利の承継においては、法定相続分を超える部分については、対抗要件を備えなければ第三者に対抗することができない」(899条の2第1項)として、法定相続分を超える取得分についての第三者との優劣は、対抗要件の具備によって処理されることになりました。
この点は遺贈及び特定財産承継遺言いずれも同じです。
問題はそのための手続です。
基本的に所有権移転登記は新旧所有者の両名が共同して行う必要があります。
遺贈では贈与者である被相続人の地位を相続人らが承継するため、受益相続人及びそれ以外の相続人が、共同して手続を行います。
その際、他の相続人全員の印鑑証明書などが必要となり、結果的に遺産分割協議を行うのと同じ手間がかかってしまいます(遺言した意味がない)。
これに対して特定財産承継遺言では、受益相続人が目的財産だけでなく旧所有者という被相続人の地位を承継することになるので、当該相続人が両当事者の地位を包摂する状態となります。
したがって当該相続人は単独で登記手続きを完了することができるのです。
・農地、賃借権、相続放棄
これ以外にも、目的財産が農地であれば農業委員会の許可不要、賃借権を相続する場合には賃貸人の承諾不要いった点も遺贈とは異なります。
また相続放棄した場合は特定承継遺言では当該相続人が当該財産を取得することはありませんが、遺贈では相続人ではなくなるものの対象財産を取得することができるのも相違点です。
③遺贈との区別
記述によっては遺産分割方法の指定か遺贈かがはっきりしない場合があります。
その場合には、遺言書の記載からその趣旨が遺贈であることが明らかであるか又は遺贈と解すべき特段の事情のない限り、当該財産を当該相続人に単独で相続させる遺産分割の方法が指定されたものと考えます(最二小判平成3年4月19日)。
相続放棄の可能性を考慮してあえて遺贈を選ぶ場合は、「遺贈する」旨を言明しておくのが安心です。
(2)遺言者の財産全部を対象とする場合(全部相続させる遺言)
一切の財産は特定の個々の財産の集合体であることから、(1)と同様、原則として何らの行為を要せずして一切の財産についての権利が当該相続人に移転します。
そして遺産分割方法の指定と同時に相続分の指定もなされたことにもなります。
つまり受益相続人の相続分が100%、他の相続人はゼロという指定です。
(3)遺言者の財産の一定割合とする場合(割合的相続させる遺言)
割合的相続させる旨の遺言には2種類あります。
ここでは何をどのように分けるかは不明ですので相続分の指定(902条1項)があったに過ぎず、詳細は遺産分割で処理することになります。
もう一つは「〇の土地を甲と乙に2分の1ずつ相続させ、共有とする」というように特定財産を対象に割合を決めたものです。
この場合は遺産分割方法の指定があったとして、相続開始と同時に権利が移転することになります。
もし遺産分割をめぐる紛争の予防を期待するのであれば、遺言の記載内容が遺産分割方法の指定となっているかを弁護士等の専門家に確認してもらうのもよいでしょう。
3 遺留分との関係
相続させる旨の遺言が他の相続人の遺留分を侵害する場合は遺留分侵害額請求の対象となります。
対象となる順序は遺贈と同じです(1047条1項)。
(1)特定財産承継遺言における残余財産の扱い
問題となるのは「特定財産を甲に相続させる」と記載されているだけで、残余財産については記載がない場合です。
その帰属については次の解釈が成り立ちます。
- ア 甲に特定の遺産を含めて法定相続分により遺産を取得させる趣旨
- イ 甲に特定の遺産を先取的に取得させ、残余の遺産は甲を含む相続人全員に各自の法定相続分に応じて取得させる趣旨
- ウ 甲に特定の遺産のみを取得させ残余の遺産は取得させない趣旨
このうちアであれば、甲が取得する遺産は、遺言によって特定された遺産と法定相続分から特定された遺産の金額を差し引いた金額の遺産となり、法定相続分以上の遺産を取得することはなく、遺留分の問題にはなりません。
イ、ウについては法定相続分を超過する部分については相続分の指定もなされたことになり、これにより他の相続人の遺留分が侵害される場合には遺留分侵害額請求の対象となります。
(2)全部相続させる旨の遺言と相続債務
全財産を特定の相続人に相続させる旨の遺言の場合、遺留分侵害額の算定における「遺留分権利者が負担すべき相続債務の額」についてはどのように考えるべきでしょうか。
全部相続させる旨の遺言は、通常、積極財産のみならず相続債務も含めて当該相続人に承継させるという相続分指定の趣旨を含むと考えられます。
このため相続人間においては、原則として受益相続人が相続債務の全部を承継することになります(最高裁平成21年3月24日)。
したがって遺留分算定式における「遺留分権利者が負担すべき相続債務の額」は、原則としてゼロとして計算します。
以上、遺言書作成時には何を誰に取得させるかだけではなく、それ以外の財産も含めて総合的な考察のもと遺留分対策を講じる必要があります。