遺留分侵害額請求の流れ
遺留分侵害額請求
自分の遺留分が侵害されていると考える場合、他の共同相続人に対して遺留分侵害額請求を行っていくことになりますが、具体的にいつ、どのようにして請求するのでしょうか。
遺留分侵害額請求権の特徴を確認した上で、注意すべき点も合わせて解説していきます。
実際に遺留分侵害額請求する場合にどのような流れになるのでしょうか。
特徴を踏まえながら確認していきます。
1 遺留分侵害額の請求の流れ
(1) 遺言書を調査する
遺言書を確認することにより、相続財産の価額、遺留分侵害額請求をする相手方を知ることができる等、遺留分侵害額請求をするにあたって重要な情報を知ることができます。
遺言書は、遺言によって財産を譲り受けた者に対して、開示するよう求めます。
財産を譲り受けた者に依頼しなくても、公正証書は、公正証書遺言検索サービスを使って、公正証書の存在の有無と内容を把握できます。
また、自筆証書は、検認した際か、自筆証書保管サービスから情報を得ることができます。
そして、この遺言書に具体的な相続財産が明記されていれば、その財産をさらに調査します。
(2)遺留分侵害額請求するという意思表示を行う
遺言書を見て、遺留分の侵害が明らかな場合や、侵害の疑いがある場合は、遺留分侵害額請求をする必要があります。
遺言が無効だと思って、無効確認訴訟をする場合でも予備的に遺留分侵害額請求を出しておく必要があります。
裁判を起こす必要はありませんが、相手に対して明確に意思表示しなければなりません。
そのために一番便利なのは内容証明郵便で通知することです。
勿論、調停でも裁判上でも主張することは可能です。
遺留分侵害額請求権の時効は1年と短いことから、遺留分を侵害する贈与や遺贈があったことを知った場合は、まだ時間があると安心せず速やかに内容証明郵便で意思表示をします。
これにより、 あなたの手元と郵便局に、遺留分について請求したことが日付入りで証拠として残ることになります。
但し、内容証明郵便が相手に届かないといけません。
内容証明郵便は、書留郵便であるため、不在であり、一定期間に受取をしない場合には差出人に返されます。
遺留分侵害者に内容証明郵便が届かない場合は、期間内に調停や裁判で意思表示することをすることになります。
その際、遺留分侵害額をどう記載するかについてですが、初期の段階は遺留分侵害額が未確定であることが多く、最初に意思表示をする時点で請求金額を特定する必要はありません。
(3)話し合いの申し入れと財産調査
相手に対して遺留分侵害額請求を行った後は話し合いに入ります。
しかし、遺留分が問題となる場合、遺留分侵害額請求を受ける者が被相続人に遺言を作成させていたり、遺留分侵害請求をする側とされる側の仲が良くないことが多く、話し合いでの解決が難しいのが通常です。
遺言を見ただけでは、被相続人の財産の総額が分からず、遺留分侵害額が分からないときがあります。
遺留分侵害額請求をする側は、一般的に相続財産の全容を把握するのが難しいので、まず話し合いで、相続財産の概要を明らかにするように求めます。
遺言執行者が遺言書によって指定されている場合、遺言執行者は財産目録を開示する義務を負っているため(民法1011条1項)、遺言執行者に対して財産目録を作成させることで相続財産の概要を明らかにすることができます。
同時に、遺言書に明記されていない相続財産を発見し、相続財産目録を作成することが必要です。
相続人としてできる財産調査を行います。
不動産については、役所で名寄帳(同じ市区町村のある不動産所有者別に管理してあるもの)で不動産を特定し、登記簿謄本や評価証明書、不動産屋からの簡易査定書を取り寄せ、不動産の面積や位置、評価を調査します。
預貯金については、口座を所有していると思われる金融機関の残高や取引履歴を調べるなどして、相続財産を調査します。
評価方法や評価対象について対立がある場合には不動産鑑定士や弁護士等、専門的な第三者に入ってもらうのもよいでしょう。
そして算出された侵害額に相当する金額を払ってもらうのですが、相手に現金・預貯金がない場合には、取得財産の処分や分割払い等、支払方法についても話し合いを行います。
遺留分侵害額や支払い方法について最終的な合意ができたら合意書を作成、分割払いのように以降も債務が残る場合には公正証書にしておきましょう。
但し、遺留分侵害額請求を話し合いだけで解決する事例は少ないので、調停や裁判手続きで解決することを想定し、早めに調停手続きや裁判手続きに移行するのがよいかと思います。
(4)遺産分割調停・審判
話し合いで合意が得られなかった場合は、まず相手方住所地にある家庭裁判所に遺留分侵害額請求調停の申し立てを行います。
いきなり遺留分侵害額請求の訴訟を起こしたとしても原則として調停に回送されてしまいます(調停前置主義)。
調停では裁判官と調停委員が当事者の意見を聞いた上で解決案の提示や必要な助言を行い、解決へと導いてくれます。
ただ基本は話し合いですから必ずしも合意に達するとは限りません。
調停が不成立になった場合に、遺留分侵害額請求訴訟を提起することになります。
訴訟では当事者双方が主張及びそれを裏付ける証拠を出し合って審理を進めていき、双方の主張・立証が出揃ったところで裁判所が判決を下すことになります。
なお、訴訟においても裁判所を仲裁役とする話し合いの場(和解期日)が設けられることがあり、当事者が合意すれば和解調書が作成され、訴訟は終結します。
2 遺留分侵害額請求権の特徴と注意点
(1)法的性質(形成権)
遺留分侵害額請求を行使すると、遺留分を侵害した個々の贈与契約や遺贈等を無効とはせずに、侵害された遺留分に相当する金額の金銭請求権を発生させるという効果があります(形成権)。
つまり、裁判外であっても請求するという意思表示を受けた相手は、取得した物は返さなくてよいものの、遺留分を侵害しているのであれば相当額を支払わなければならなくなります。
これ以外にも、遺留分侵害額請求権には次のような特徴があります。
(2)時効期間が短い
一般的な債権が5年で時効消滅(民法166条1項1号)するのに対し、遺留分侵害額請求権は1年で時効消滅してしまいます(民法1048条前段)。
そして、民法1048条前段では遺留分権利者が「相続の開始及び遺留分を侵害する贈与又は遺贈があったことを知った時」から1年とありますが、相続の開始と遺留分を侵害する贈与又は遺贈のあったことを知っただけでなく、それらが遺留分を侵害することを知っていることが必要と理解されています。
たとえば、遺贈によって遺留分が侵害された場合には、遺言の内容を知った時から1年以内に遺留分侵害額請求を行使しなくてはなりません。
自筆証書遺言のうち法務局での遺言保管制度を利用しない場合では各相続人は検認手続きで内容を知ることになります。
検認手続きのない公正証書遺言、自筆証書遺言のうち遺言保管制度を利用した場合は、いつ知ったかという点を明らかにしておくべきでしょう。
そして1年の時効とは別に、遺留分侵害額請求権は相続開始時から10年(除斥期間)を経過すれば消滅します(民法1048条後段)。
(3)侵害額の算定が複雑
遺留分侵害額は以下のような複雑な算定式を使います。
遺留分侵害額 = 遺留分額 -(遺留分権利者の遺贈額+特別受益額+具体的相続分に応じた取得財産価格)+ 遺留分権利者が負担する債務
遺留分額 = 基礎財産額×総体的遺留分×法定相続分
なお、各財産を評価するにあたっては評価時点や用いる基準によって差異が生じ得ます。
また、基礎財産に持ち戻す特別受益のうち生前贈与については贈与当事者以外からはわかりにくいこともあり、判明が遅れることが少なくありません。
このように遺留分侵害額の計算は複雑である点も大きな特徴です。
(4)行使後の結果、発生した金銭給付請求権
少し複雑な話になりますが、遺留分請求の結果として発生した金銭給付請求権は遺留分侵害額請求権とは別個のものです(民法1046条1項)。
すなわち、遺留分侵害額請求権は侵害額を請求するという意思表示ができる権利、その結果形成された特定金額についての金銭給付銭請求権は区別して考える必要があります。
遺留分侵害額請求権の時効は1年ですが(民法1048条前段)、金銭給付請求権の消滅時効期間は遺留分侵害額請求権を行使した時から5年です。
(5) 遺産分割協議の申し入れ
遺言の内容が特定の相続人に有利な内容であった場合、当該相続人に対して遺留分侵害額請求か、遺産分割協議を申し入れるか迷うことがあります。
仮に、遺言の内容が「全財産を△△に相続させる」というように、そもそも遺言の効力を争いたい(無効主張する)場合には、遺産分割協議を申し入れただけでは遺留分侵害額請求の意思表示をしたことにならない点に注意が必要です。
遺留分侵害額請求はあくまでも遺贈の有効性を前提とし、無効主張の趣旨は含まないからです。
このような場合は遺贈の効力を争う(遺言無効確認請求訴訟)と同時に、仮に遺贈の効力が有効であるとしても遺留分侵害額請求をする旨の意思表示を内容証明郵便において予備的に行っておく必要があります。
訴訟中に遺留分侵害額請求権が時効消滅してしまうことを阻止するための措置です。
なお、以上の解釈は最高裁平成10年6月11日判決に基づきますが、同判例は遺留分減殺請求権に関するものであり、改正後の遺留分侵害額請求権にも通用するのか判断が待たれるところです。