遺留分を請求されたが、すぐに現金を準備できない場合 ― 「期限の許与」
遺留分侵害額請求「遺贈されたのは不動産ばかり」
「事業用の資産や自社株を集中的に相続した」
このように現金を相続しなかった場合でも、他の相続人から遺留分侵害額請求がなされることはあり得ます。
手元にも現金がないのであれば、相続財産を売却して現金化すること等も検討せざるを得ませんが、それにも一定の時間が必要となります。
しかも、時間が経てば経つほど、遅延損害金がかさんでしまいます。
そこで新しく導入されたのが、裁判所による「期限の許与」という制度です。
以下、遺留分侵害額請求やその支払猶予を求める方法について概観した上で、「期限の許与」について詳しく解説します。
1 前提 ―遺留分侵害額の支払義務
○金銭の支払義務を負う
遺留分とは、法定相続人(被相続人の兄弟姉妹を除く)に認められた遺産の最低限の取り分であり、民法上認められた権利です。
これを請求する権利を遺留分侵害額請求権といい、以前は不動産の持分等を直接取り戻すという内容でしたが、民法改正により遺留分侵害額を金銭で支払うという内容に改められました。
○遺留分権利者の意思表示によって支払義務が発生する
遺留分侵害額請求権は、権利者が義務者に対して「請求する」という意思表示をすることで発生します(形成権)。
請求の時点で金額等の詳細を示す必要はなく、単に意思表示を行うだけで権利が発生するものとされていますが、最終的には遺留分侵害額がいくらかを明示して請求するのが通常です。
受遺者や受贈者が請求を受けた場合、その翌日から年3%(法定利率)の遅延損害金が発生することになります(民法412条3項)。
○適正な金額であれば支払わなければならない
遺留分侵害額請求を受けた場合、必ず自分でも遺留分侵害額を計算し、疑問や不明な点があれば確認をとりましょう。
そして、主張されている遺留分侵害額が適正であると判断した場合は、速やかに全額を支払う必要があります。
「支払うのが嫌だ」「現金がない」等により支払いを渋っていると、その間にも年3%の遅延損害金が発生し続けることに十分注意して下さい。
2 現金が準備できない場合
遅延損害金が発生し続けてしまう以上、できるだけ早期に、かつ一括で支払うのが望ましいです。
しかし、相続した遺産の中に現金や預貯金が含まれておらず、かつ自分自身もすぐには現金が準備できないという場合、何か手立てはないのでしょうか。
(1)裁判所を介さない方法
① 話合い
まずは遺留分権利者と話し合い、支払額の交渉だけでなく、支払期限の猶予、分割払い等を申し入れるという方法が考えられます。
相続したのが不動産ばかりですぐには換金できない等、事情を丁寧に説明すれば歩み寄ってもらえる可能性があります。
この時点で弁護士等の専門家をつけるというのも一つの方法です。
もし話合いがまとまらずに調停や訴訟に発展してしまうと、時間も費用もかかってしまいますので、代理人が交渉を行って早期にまとめることのメリットは大きいといえます。
なお、遺留分権利者と義務者が合意すれば、遺留分侵害額を現金で支払うのではなく、不動産や株式等の現物を給付するということも可能です。
ただし、不動産や株式等は譲渡所得税の対象であり、これらを遺留分権利者に渡した場合には、所得税15%及び住民税5%(合計20%)が課税されることになります。
従って、結局納税資金のための現金を準備することは避けられません。
② 遺産分割協議への切替え
もし現物給付も視野に入るのであれば、遺留分侵害額請求としての交渉を進めるのではなく、遺産分割協議への切替えを検討しても良いかもしれません。
遺産分割協議の結果として不動産や株式を取得する場合には、譲渡所得税の負担は生じないという可能性があるためです。
しかし、遺留分侵害額請求であれば権利者と義務者のみで解決すれば良いのですが、遺産分割協議となると相続人全員で合意する必要があります。
従って、利害関係が錯綜することが予想されますので、交渉に長けた弁護士に依頼することをお勧めします。
(2)裁判所を介する方法
① 調停における話合い
上記で見た通り遺留分侵害額請求は一種の金銭請求なのですが、いきなり地方裁判所や簡易裁判所に訴えを提起することはできず、まずは家庭裁判所で調停を行うのが原則とされています(「調停前置主義」家事事件手続法244条、257条1項)。
従って、調停の場で、遺留分侵害額について話し合うとともに、支払期限や支払方法についても改めて粘り強く協議していくことになります。
② 訴訟における「期限の許与」の主張
○遺留分権利者から既に訴訟を提起されている場合
遺留分に関する調停が不成立となった場合、通常は遺留分権利者の方から遺留分侵害額に関する請求訴訟が提起されることが多いでしょう。
その訴訟の中で、反訴あるいは抗弁という形で、裁判所に対して「期限の許与」を求めることができます。
○受遺者等の方から訴訟を提起する方法
遺留分権利者が訴訟提起をしてこないという場合でも、遺留分侵害額の支払い義務を負う受遺者等の方から、「期限の許与」を求めて自ら訴訟を提起するということが可能です。
○主張が必ず認められるとは限らない
裁判上で「期限の許与」を求めたとしても、必ず認められるとは限らないという点には注意が必要です。
支払猶予を認めるかどうか自体についても裁判所が判断することになりますので、その必要性に関する事情を十分に主張していく必要があります。
(3)「期限の許与」の内容
① 期限
「期限の許与」が認められたとしても、どの程度の期間が猶予されるかについて明確な決まりはありません。
民法の条文上は「相当の期限」とだけ規定されており、実際はそれぞれの事案ごとに裁判所が期間を判断していくことになります。
例えば不動産の場合、立地条件や担保権設定の有無等が考慮され、遺留分侵害額の支払資金を調達するのに相当な期間が設定されることになるでしょう。
② 全部又は一部の支払猶予
条文には「全部又は一部」と規定されているため、遺留分侵害額の一部についてのみ期限の許与が認められるというケースもあり得ます(例えば、支払うべき遺留分侵害額1000万円のうち、400万円についてのみ期限の許与が付される等)。
このように、支払猶予を全部につけるか一部のみにつけるかについても、支払能力や生活状況等の個別事情を基に、裁判所が判断します。
③ 効果
裁判所が期限の許与を認めた場合、許与された期間内であれば、遺留分権利者からいくら支払いを催促されても遅延損害金が発生しません。
例えば、裁判所が令和6年4月1日まで期限を許与した場合には、遅延損害金が発生するのはその翌日の4月2日からということになります。
まとめ
遺留分侵害額請求権は、その金額が適正であれば、支払い自体を逃れることはできません。
しかし、遅延損害金の発生は、相手との交渉や裁判所での手続によって回避できることがあります。
詳しくは当事務所の弁護士までお尋ねください。