遺産分割協議の無効、取消し
遺産分割
遺産を誰がどのように取得するかを決める遺産分割協議は、どのような場合に無効や取消しの対象となるのでしょうか。
本記事では、様々な無効事由・取消事由を確認し、その主張方法についてもご説明いたします。
1 相続人に関するもの
大前提として、遺産分割協議には相続人の全員が参加しなくてはなりません。
従って、戸籍上判明している相続人を除外して遺産分割協議を行った場合、当然に無効となってしまいます。
それでは、以下のようなケースはどうでしょうか。
(1)相続人である者を協議から除外していた場合
〇胎児
生まれてくる前の胎児にも相続権があります(民法886条1項)。
そのため、胎児を除外してなされた遺産分割協議は、胎児が生きて生まれた場合には無効となってしまいます。
また、胎児は出生するまで権利能力がないため、出生前に代理人を選任することはできません。
さらに、まだ出生していないため、法定代理人である親権者という存在も観念できません。
従って、結論としては、相続開始(被相続人の死亡)の時点で相続人となりうる胎児が存在する場合、遺産分割協議を行うことができません。
胎児の出生後に行うことになりますが、親権者である母親と子が利益相反となる場合は、特別代理人を選任した上で(826条)、遺産分割協議を行う必要があります。(本コラム後記3(2)もご参照ください。)
なお、胎児の出生前に遺産分割協議を行い、かつ死産となってしまった場合は、遺産分割協議は有効のままとなります(886条2項)。
〇死後認知判決、遺言認知
遺産分割協議の成立後に、死後認知判決や遺言認知により新たに相続人となった者がいる場合、遺産分割協議は無効とはなりません。
当該相続人が、他の相続人に対する価額支払請求権を取得するにとどまります(910条)。
〇失踪宣告の取消し
失踪宣告は、取り消されると初めから失踪宣告が存在しなかったことになります。
そのため、失踪宣告がなされた相続人を除外して遺産分割協議を行い、その後失踪宣告が取り消されたというケースでは、当該協議は相続人の除外を理由に無効となってしまうのではないか、という問題が生じます。
この点については、その者が生存していることを知りながら遺産分割協議が行われた場合は無効となるものの、生存を知らなかった場合は法定安定性の見地から有効であると解する余地があります(32条1項後段類推適用:相続人には同条項は適用されないため)。
(2)相続人でない者が協議に参加していた場合
例えば、養子縁組の無効確認判決により相続人でなくなった者が遺産分割協議に参加していたというケースや、不在者財産管理人が不在者を代理して遺産分割協議を行ったものの、その不在者が被相続人よりも先に死亡していたというケースなどがありえます。
もっとも、その他の共同相続人全員が参加して協議が行われていれば、遺産分割協議全体について瑕疵(欠点、欠陥)があるとはいえません。
そこで、相続人でないとされた者に対する遺産分割のみを無効とし、その人が取得していた遺産のみに関する遺産分割協議を再度行えば良いと考えられています。
ただし、当該財産の種類や重要性、遺産全体の中で占める割合その他諸般の事情を考慮して、当該共同相続人でない者が協議に参加しなかったとすれば、当該協議の内容が大きく異なっていたであろうと認められる場合等には、協議の全部が無効になるとした裁判例が存在します(大阪地裁平成18年5月15日判決)。
2 遺産に関するもの
遺産分割協議の対象は、原則として、相続開始時に存在しかつ遺産分割時にも存在する、プラスの財産です。
すなわち、マイナスの財産(債務)や、遺言によって取得者が決まっている財産は含まれません。
(1)遺産でない財産を対象としてしまった場合
遺産の一部に他人の財産が混入していた場合、原則として遺産分割協議全体を無効にする必要まではないと考えられています。
この点について、他人物売買に関する561条、565条、564条を準用して、協議を解除し無効にできると考える見解もあります。
しかし、他人の財産を取得した相続人もそれ以外の相続人も、当該財産が他人物であることに気付かなかったという点では同様の立場にあることから、特定の相続人に解除や損害賠償請求権まで認める必要はありません。
従って、その相続人が受けた損失を、他の相続人が相続分に応じて責任を負えば足りると考えるのが妥当でしょう。
このような解釈は、共同相続人間の担保責任を定める911条が、他人物売買の条文を「準用」してはおらず、「売主と同じく」という表現に留めているという点にも合致します。
ただし、その財産が遺産でないことを知っていれば当該遺産分割協議自体を行わなかったであろうと認められる場合は、遺産分割協議全体について錯誤(95条)の問題が生じます。
従って、再度遺産分割協議を行う必要があります。
(2)遺産分割協議から漏れた財産が発見された場合
このようなケースでは、基本的には遺産分割協議全体を無効とする必要はなく、その財産のみに関する遺産分割協議を別途行えば足ります。
財産漏れは珍しいことではないため、遺産分割協議書を作成する場合は、「新たに遺産が発見されたときは別途協議する」等の記載をしておくべきです。
これに対して、漏れていたのが重要な財産であり、その存在を知っていたら当該遺産分割協議はしなかったであろうと認められる場合には、上記(1)と同様に錯誤の問題となります。
(3)事後的に債務の存在が判明した場合
〇錯誤
債務はそもそも遺産分割協議の対象ではなく、法定相続分に従って各相続人に承継されます。
従って、遺産分割協議後に債務の存在が判明したとしても、原則として協議の効力には影響しません。
ただし「事前に債務の存在を知っていれば、そのような取得分では納得しなかった」というケースもありえ、場合によっては錯誤の問題となります。
〇相続放棄
遺産分割協議への参加自体が法定単純承認に該当するため、遺産分割協議を行った後に相続放棄をすることは、原則として認められていません。
もっとも、債務がない、あるいはあったとしても少額に過ぎないと誤信し、かつそう誤診したことについて相当の理由がある場合は、債務の全容を認識した時から3か月以内に相続放棄の手続をとることができるとした裁判例があります(大阪高裁平成10年2月9日決定)。
そして、このような条件を満たす相続人が相続放棄を行った場合には、遺産分割協議に相続人でない者が参加していたことになりますので、上記1(2)と同様の問題が生じます。
3 遺産分割協議の手続に関するもの
(1)不十分な遺産分割協議
遺産分割協議では、遺産の範囲や評価額、相続人の寄与分・特別受益、各財産の承継先等について、全相続人が共通の認識を持たなくてはなりません。
そのため、持ち回りの方式によって遺産分割協議を行う場合、確定した分割内容が相続人全員に提示されることが必要です。
遺産の一部に関する合意が相続人全員に提示されなかった場合は、当該協議は無効となります(仙台高裁平成4年4月20日判決)。
(2)利益相反
未成年者や成年被後見人など、行為能力に制限のある者が遺産分割協議に参加する場合には、代理人(親権者や後見人など)を立てる必要があります。
しかし、その代理人もまた相続人であるというケースでは、未成年者や被後見人の損失の下に代理人自身が利益を図るという可能性がありえます。
また、複数の子を同じ親権者が代理するというケースでも、特定の子のみに肩入れするという可能性が想定されます。
そのため、このようなケースでは、家庭裁判所に対して特別代理人の選任を求めなければならないとされており(826条、860条)、特別代理人を欠いてなされた遺産分割協議は無効となります。
4 意思表示に関するもの
遺産分割協議は一種の契約であるため、理論上は、詐欺や強迫、錯誤に基づく取消しの主張や(取り消せば初めから無効となります)、通謀虚偽表示、心裡留保に基づく無効の主張も考えられます。
しかし、遺産分割協議は段階を踏んでその都度確認しながら慎重に進められるため、これらの取消事由・無効事由が認められることは稀であり、実際に取消し・無効とされるケースはそれほど多くありません。
5 無効・取消しの主張方法
まずは他の相続人に対して無効事由や取消事由があることを主張し、遺産分割の全部又は一部のやり直しを求めます。
それでも合意が得られない場合には、家庭裁判所における遺産分割調停の利用を検討します。
さらに、遺言書が隠蔽されていた等、一部の相続人からの強い抵抗が予想される場合には、家庭裁判所での調停手続ではなく、地方裁判所における遺産分割協議無効確認訴訟を提起することもありえます。
その場合は、共同相続人全員を訴訟に参加させる必要があります(固有必要的共同訴訟)。
6 最後に
以上見てきたように、遺産分割協議に誰が参加するかやどのような手続で作成するかといった形式面の他、最も争点になりやすいのは、遺産の重要部分に関する認識の不一致といえるでしょう。
以前は、例えば「長男が全財産を取得する」とだけ記載し、遺産の内訳は一切記載がないという遺産分割協議書もよく見られたようですが、近年はこのようなケースで後々争いになる例も増えてきています。
プラスの財産もマイナスの債務も含め、重要な財産に関する共通認識を欠くような場合は錯誤の問題が生じ得るため、遺産分割協議は慎重に進めていく必要があります。